映画日記
2009年〜2010年
  2009年 テレビで見た映画の感想日記
  11月6日(金)       宇都宮     最高気温20.6℃            
 今日は久し振りに映画を観てきた。 「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」だ。
 ロンドン公演を前に、6月に急逝したマイケル・ジャクソン。
 亡くなる直前まで行われた長時間のリハーサルを記録した映像をもとに
 つくられたドキュメンタリー映画だ。
 別にマイケルのフアンと云うわけでもなかったが、あまりにも評判がいい様なので
 音響効果のいい映画館で、歌とダンスを見てこようと思いたったのだ。
 ひき込まれ、あっという間に終わった。フアンでなくても感動する映画だった。
 ロンドン公演を成功させようと、必死で頑張っていたんだね。
 その意気込みが、ひしひしと伝わってきた。きっと素晴らしいステージになったはずなのに。。
 その目前で命を落としたマイケルの心情を思うと、どんなに無念だったろうと涙が出た。
 最高のコンサートをフアンに観てもらおうと、伴奏のキーボード、ギター奏者との
 とことん要求し納得いくまで練習。そして背景に流れる映像にもチェックしたり、
 ダンス、歌、全てに完璧を要求していた。
 注文を皆に伝える時、おごった所はひとつもなく、相手に自分の気持ちが
 伝わるように静かに優しく話していた。
  作品資料より
 2009年6月25日に急逝した“キング・オブ・ポップ”マイケル・ジャクソン。
 本作は、ロンドンで実施予定だったコンサート「THIS IS IT」の何百時間にも及ぶリハーサル
 とビハインド・ザ・シーンの映像を、『ハイスクール・ミュージカル/ザ・ムービー』の
 監督・振り付けのケニー・オルテガが、死の直前までマイケルが行っていた猛特訓風景と
 その素顔を収めた貴重な映像の数々を基に構成。あたかも観客が、実現されなかった
 ロンドンコンサートの最前列にいるかのような臨場感溢れる仕上がりになっている。
 舞台上の振り付けから照明、美術、ステージの背景となるビデオ映像の細部にいたるまで
 マイケルのステージに対する深いこだわりが感じられる。

  9月17日(木)       東村山     最高気温26.5℃            
東久留米駅前の「成美文化会館」で1948年の映画
「赤い靴」の無料上映会が17日にあると聞いた。
いつも東村山に帰るとランチを一緒に食べていた友達と
見に行く事になり、会館の前で待ち合わせをした。
この映画は、バレー界の天才的プロデューサーと
バレリーナと作曲家との間の愛憎ドラマで、その劇中で
アンデルセンの童話「赤い靴」を踊るシーンが15分間あり
映画の題名にもなっている。
大好きな赤い靴を履いて、踊っているうちに脱げなくなり、
踊り続けるバレーのシーンは、圧巻だった。
主役を演じているのは、当時の現役のバレリーナとか。。
華やかさと、はかなげな感じもする美女だ。
60年も前の映画なので、画面はちょっと悪い感じもするが
主人公の華麗なバレーのシーンも良かったし
悲劇的なラストに向っていくストーリーの中に入り込んで
しまい、粗い画面の事も気にならなかった。
 映画の資料より
 世界一のプリマを目指すバレリーナと、彼女を育てようとする辣腕プロデューサー。
 2人の夢は順調に実現に向かうようにみえた。
 しかし、彼女が青年作曲家に恋し、バレエを捨てようとした時、悲劇の幕があがる...。
 映画の途中、バレーのシーンで後ろの方から、いびきが聞こえてきた。(笑)
 どうもバレーに興味のないおじいちゃんだったらしい。
 バレー好きには、たまらないシーンなのにね。(笑)
 帰りに甘い物を食べた。私はクリームあんみつを。。。美味しかった〜
  あらすじ(映画資料より)
貧しい少女カーレンは、病気の母親と2人暮らし。ある日、靴を持たない彼女は足に怪我をしたところを靴屋のおかみさんに助けられ、赤い靴を作ってもらう。その直後、看病も虚しく母親は死んでしまった。カーレンは母親の葬儀に赤い靴を履いて出席し、それを見咎めた老婦人は彼女の境遇に同情して養女にした。 裕福な老婦人のもとで育てられたカーレンは、町一番の美しい娘に成長した。ある日、靴屋の店先に綺麗な赤い靴を見つけたカーレンは、老婦人の目を盗んで買ってしまう。戒律上無彩色の服装で出席しなければならない筈の教会にも、その赤い靴を履いて行き、老婦人にたしなめられる。それでもまたカーレンは教会に赤い靴を履いていく。老婦人が死の床についているときにさえ、カーレンはその靴を履いて舞踏会に出かけてしまう。すると不思議なことにカーレンの足は勝手に踊り続け、靴を脱ぐことも出来なくなる。カーレンは死ぬまで踊り続ける呪いをかけられたのだった。 夜も昼もカーレンは踊り続けなくてはならなかった。カーレンが看病しなかったばかりに亡くなった老婦人の葬儀にも出席できず、身も心も疲弊してしまう。とうとう呪いを免れるため首斬り役人に依頼して両足首を切断してもらう。すると切り離された両足と赤い靴はカーレンを置いて、踊りながら遠くへ去ってしまった。 心を入れ替えたカーレンは不自由な体で教会のボランティアに励む毎日を送る。ある日、眼前に天使が顕現し、罪を赦されたことを知ったカーレンは、法悦のうちに天へ召されていった。

  6月23日(火)     宇都宮     最高気温32.1℃    
 ケイト・ウィンスレットがアカデミー賞主演女優賞を受賞した映画「愛を読む人」を見てきた。
 ディカプリオと共演した「レボリューショナリー・ロード」でも迫力ある演技に圧倒されたけれど
 今回も主人公の心情を見事に演じきって、主演女優賞は納得の素晴らしい演技だった。
 気分の悪くなった15歳の少年を介抱した事から36歳のハンナとの恋が始まる。
 このまま恋愛ストーリーが続くと思うと、一転、何の説明もなく姿を消してしまうハンナ。
 路面電車の車掌をしていたハンナは「事務職に昇進です。おめでとう」と上司から
 告げられたとたん、家に戻り荷物を整理して、アパートから消えてしまう。
 何故?と分からなかった。その謎が解けるのは、映画の後半になってからだった。
 そこまでしてプライドを守りたかったハンナが哀れだった。
 この映画を見たのは土曜日だったのに、毎日いろいろなシーンを思い出している私だ。
 ちょっと重いテーマだったが、心に残るいい映画だった。
   
  あらすじ(映画資料より)
15歳のマイケルは、学校帰りに具合が悪くなり、通りすがりの女性ハンナに助けられる。 猩紅熱から回復したマイケルは彼女に会いに行く。 年の差21。 それでも二人は関係を結び、逢瀬を重ねていく。 やがてハンナは情事の前にマイケルに本の朗読をして貰うようになる。 テェーホフ、ディケンズ、D・H・ロレンス、あるいはマンガに至るまで彼は流暢に、時には身振り手振りを加えて話してきかせる。 けれどそんな蜜月は、ハンナの突然の失踪で幕が下ろされた。 年月は過ぎ、大学の法科に通うマイケルは、ゼミの特別授業で実際の裁判を傍聴する機会を得ていた。 そこでマイケルは被告席にハンナの姿を見つける。 戦争中、ナチ親衛隊の看守として収容所で働いていた彼女が、ある事件で300人もの囚人を皆殺しにした罪に問われた裁判だった。 ハンナはある秘密を抱えており、それを守るために、他の元看守仲間の罪を一人で被って無期懲役の判決を言い渡された。 あれから成長したマイケル。 彼はテープレコーダーのマイクに向かい、少年の日に読んできかせた物語を再び朗読し始めていた。 この朗読のシーンが白眉。 少年マイケルが、若さにあふれた声でいきいきと、愛する人のために読み聞かせるのも良いのだけど、それなりに年を取り、離婚も経験し、少し枯れた風情が見え始めた彼が再び朗読を始めるシーンは、そのやわらかな口調がまるで新しい息吹を運んでくるかのように、ハンナの耳と心に届く。 その声に呼応するかのように、彼女は文字を勉強し始める。 そう、彼女がずっと隠し続けていた秘密は文盲だということ。 それは人生を狂わすまで抱えなければならないことだったのかと少し疑問が残りつつも、今まで何の不安もなく勉強させてもらった自分には、義務教育さえ受けられなかったと予想されるハンナの過去は想像もできない。 マイケルと一緒に旅行に行った先でもオーダーやガイドブックに載っている行き先を彼任せにしていたハンナ。 車掌としての働きが認められ、上司に事務職に昇格してもらうことを告げられた時に塞いだ表情も見せていた。 文盲だということが判ると、そのすべてのシーンに納得がいく。 そしてナチスの元での行為。 時々の翳りを見せる彼女の背景はあまりにも重い。 そんな彼女にただマイケルは朗読を続ける。 テープレコーダーを送り、ハンナから最初に受け取った手紙にはかつての日のように「坊や」という呼び方が記されていた。 これは時を越えた二人のぎりぎりの愛の遣り取り。 それも漠然とした愛。 憐憫なのかもしれない。懐旧だけなのかもしれない。またはどちらでもないのかもしれない。 いつか、少年マイケルに 「僕を愛している?」 と聞かれて、どこか不安そうに、怪訝そうに眉間に皺を寄せてうなずくだけだったハンナの姿と同じように。 明白なこたえを出すには、彼らはあまりに違いすぎ、不器用すぎた。 結局ハンナはマイケルと再会した後に自殺してしまう。 収容所を出て外の世界に触れるにはあまりに長すぎた年月が過ぎていたんだろう。 そしてマイケルはハンナの僅かな遺産を持って、ホロコーストの生き残りである婦人を訪ねる。 彼女はハンナを許しはしない。 けれどお金を受け取らず、子供の頃に宝物にしていた同じようなお茶の缶をそっと手元に置く。 ナチスの冥い歴史に幕が下ろされないのと同じように、収容所のできごとは婦人に纏わりつくだろう。 それでもマイケルはハンナの遺志を継いだ。 お金を識字教育団体にハンナの名で寄付することの許しを婦人から得たのだから。 彼にはそれで十分だったと思いたい。 そして彼は今までその婦人以外に話したことのなかったハンナとの過去を、今度は自分の娘に話してきかせる。 それは彼の新しい朗読。 そこにハンナと築けなかった永遠の絆を親子で結ぼうとするかのように。 ハンナ役のケイト・ウィンスレットがアカデミー主演女優賞に輝いた本作。 脱ぎっぷりのよさには感動すら覚えたけれど、もちろんヌードや濡れ場だけが見所ではなく。 複雑な胸中にある女性を表情ひとつで表現したその演技力は見事。 朗読をせがむ彼女は少年よりずっと年上でありながらどこか子供っぽく、謎めいていた。 そして決して美人に撮られていないのも良い。 そこに人間の生の姿が見て取れた

  5月23日(土)     宇都宮     最高気温27.9℃     
 クリント・イーストウッド監督、主演の映画「グラン・トリノ」を見てきた。
 満足度ナンバーワンの映画との事なので、絶対見に行きたいと思っていた。
 残念ながらいつも行く「東宝シネマズ」では上映は終わってしまっていた。
 ネットで調べている内に東武宇都宮駅から1分の所にある「ヒカリ座」という昔ながらの
 映画館でやっている事が分かった。
 主人は行きたくないようなので、私ひとりで自転車に乗って行く事にした。
 椅子席は280位あるかなり大きな映画館。 観客はたったの5人。寂しいね。(笑)
 
 妻を亡くし、ひとり暮らしをする頑固な老人。
 口が悪く、汚い言葉でけなし合う昔からの友人、そして子供、孫たち。
 その機関銃のように飛び交うユーモアあるやりとりに笑ってしまう。
 隣に越してきたアジア系の移民の家族と、最初は反発するものの次第に心を
 開き、同じ民族の不良から、この家族を守ろうと行動にうつす老人。
 他民族が暮らすアメリカの厳しい現実の断面をみた思いがする。
 「グラン・トリノ」は胸いっぱいに広がる静かな感動の大人の映画だ。
 題名のグラン・トリノはフォード社の1972年製のアメ車の名前だった。
 最後のエンドロールの時、この車を少年タオが運転するシーンにBGMとして流れる
 クリント・イーストウッドの歌声には涙が止まらなくなった。
 しゃがれたハスキーボイスで、心に染み入る哀愁にみちた歌声だ。
 途中から若い歌手に変わってしまったが、ず〜と聞いていたい気持ちだった。
 映画が終わっても皆その感動の余韻にひたっているのか、しばらく誰も立ち上がらなかった。
 クリント・イーストウッド監督作品は「ミリオンダラーベイビー」「硫黄島からの手紙」
 「チェンジリング」と見たが、どれも期待を裏切らない素晴らしい映画だった。
 今年78歳との事。これが俳優としては最後の主演映画らしい。
 これからは監督として、素晴らしい作品を世に送り出して欲しいと願っている。
  あらすじ(映画資料より)
 朝鮮戦争の帰還兵でフォードの自動車工だった老人コワルスキーは、妻に先立たれ
 息子たちにも邪魔者扱いされつつ、日本車が台頭し東洋人の町となったデトロイトの通りで
 隠居暮らしを続けていた。外国人を毛嫌いしていた彼の家にヴィンテージカー、グラン・トリノ
 を狙い、ギャングらにそそのかされた隣家のモン族の少年タオが忍び込むが、
 コワルスキーの構えたM1ガーランドの前に逃げ去る。
 その後、なりゆきでタオの姉スーを不良達から救ったコワルスキーは
 彼ら家族の温かさに親しみを覚え、タオに一人前の男として仕事を
 与えてやろうとするが、それを快く思わないモン族のギャングらがタオにからみ、
 顛末を聞いて激昂したコワルスキーはギャングのメンバーに報復を加える。
 これに対してギャングらは一矢を報いようとタオの家に銃弾を乱射し、スーをレイプする。
 復讐の念に燃えるタオと、それを諌めるコワルスキー。
 報復の連鎖に終止符を打つべく、コワルスキーはひとりでギャング達の住みかに向かい、
 そこで懐から銃を抜き出すように見せかけたところ、ギャングらはコワルスキーに
 対して一斉に発砲、射殺し、その廉で検挙される。このとき既にコワルスキーは自宅を
 教会へ寄贈すること、グラン・トリノはタオに譲るよう遺言していた。

  5月7日(木)     宇都宮     最高気温20.0℃     
 アカデミー賞8部門受賞の映画という事で絶対見たいと思っていた
 「スラムドッグ$ミリオネア」を見てきた。 面白かった〜♪
 異宗教による争いで親を殺され、孤児になった兄弟がスラムの中で生き延びていく。
 貧困、不衛生、無秩序で混沌としたスラムの生活。 弱肉強食の不条理な現実。
 孤児を使って金儲けのため児童虐待をする組織から逃れ、したたかに生きていく兄弟。
 これがインドの現実なの?と目をおおいたくなるシーンが次から次へとあらわれる。
 インドは中国とともに、経済の上でも世界注目の国だし、教育にも力を入れていて
 頭のいいインド人が世界で活躍しているとテレビの特集で見た。
 でも、裏にはこんな悲惨な現実が。。。
 ジャマールと初恋の相手のラティカの純愛。 最後はハッピーエンド♪
 後味のいい、とっても面白い映画。笑いあり、涙ありと本当によくできた物語だ。
 展開も早く、ハラハラドキドキの2時間だった。
  あらすじ(映画資料より)
インドのスラム出身の少年ジャマールは人気番組「クイズ$ミリオネア」に出演し、あと1問で2000万ルピーを手にできるところまできた。しかし、これを面白く思わない番組のホストは警察に連絡。彼はズルをして正答を得ていたとされ、詐欺容疑で逮捕されてしまう。ジャマールは警察署での警官の厳しい尋問に対し、正答を知ることになった自分の過去を話し始める。そこには1人の少女を追い続けた彼の人生の物語があるのだった…。 発祥地イギリスはもちろん、日本など世界中でローカライズされ人気となっている「クイズ$ミリオネア」。難問の続くこのクイズ番組で最後の1問までたどり着いたスラム出身の少年ジャマールは、いかにしてその答えを知ることになったのか? 彼自身が過去を振り返ってその理由を話す中で、一途にある少女を思い続けた少年の人生が浮き彫りになっていく。ジャマール、彼の求める少女ラティカ、そしてジャマールの兄サリームの三人が紡ぐ物語は、純愛や欲望といったものが絡み合い非常にドラマチック。インドを中心に撮影された映像は生命力と疾走感にあふれ、観る者をグイグイと引き込む。最後の瞬間まで決して目が離せない傑作が誕生した。 テレビ番組「クイズ$ミリオネア」に出演し、賞金を獲得したジャマール(デヴ・パテル)だったが、インドのスラム街で育った少年が正解を知るはずがないと不正を疑われ逮捕される。ジャマールになぜこれほどの知識があり、この番組に出演するに至ったのか。警察の尋問によって、真実が明らかになっていく。(シネマトゥデイ) 映画レポート「スラムドッグ$ミリオネア」人と場所は違えども、これは典型的な“ハリウッド映画”である  ムンバイの若者の現在と過去を、英国人監督が描き出す本作には、笑いと涙、夢と冒険、アクションとロマンス、ありとあらゆる要素が詰め込まれている。基軸は、困難に打ち克つサクセスストーリー。そう、人と場所は違えども、これは典型的な“ハリウッド映画”である。  クイズ番組に出演した青年が全問正解を前にして、不正を疑われ司会者に告発される。逮捕された挙げ句、拷問まで受けるのだが、まさかあり得ないと思わせないカオスがこの街にはある。高層ビルとスラムが混在する大都市が、過激な出来事にもリアリティをもたらすのだ。なぜ無学の彼がクイズに答え続けられたのかというミステリーの下、青年の生い立ちが明らかになっていく。その忌まわしく陰惨な過去には、格差社会、幼児虐待、裏ビジネス、宗教暴動、急激な近代化といった、インド現代史が凝縮されている。社会の底辺を駆け抜けてきたからこそ、必要な知識を身につけていたという一見あざとい構成。しかし、「トレインスポッティング」に原点回帰したダニー・ボイルの疾走感あふれる演出は、インドの現実をデフォルメしていく上で実に効果的だ。  スピルバーグの映画会社ドリームワークスがインド資本となり、ハリウッドが衰弱しきったご時世、アメリカは失われたドリームをこの地に見て、大量のオスカーを与えたのだろう。いや、同時不況にあえぐ今、インドのエネルギッシュな夢物語は、世界中で歓迎されるに違いない。

  2月21日(土)        宇都宮      最高気温8.9℃     
 クリント・イーストウッドが監督で主演がアンジェリーナ・ジョリーという映画、
 「チェンジリング」を見てきた。 素晴らしい映画だった。
 実際にアメリカで1928年におきた事件の物語だそうだ。
 事実は、小説より奇なりということわざがあるが、本当にあった話しとは、
 思えない程の背筋も凍る物語だ。
 「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」も中身にひき込まれ、時間のたつのが、
 早過ぎる映画だったが、「チェンジリング」もあっという間の2時間半だった。
クリント・イーストウッド監督とアンジェリーナ・ジョリー
 息子が行方不明になり、その5か月後に見知らぬ少年を警察に押し付けられた
 母親の真実の物語。子供の取り違えなんて単純なストーリーではなく、
 内容は重く、あまりにも理不尽で、やり切れない内容に恐怖を感じた。
 今までのアンジェリーナジョリーはアクションスターのイメージが強かった。
 心痛に打ちひしがれる母親の役を、全身で表現しその悲しみは痛い程伝わってきた。
 エレガントだが強さを内に秘めた母親を熱演し、その演技力に大拍手だ。
 アカデミー賞主演女優賞にノミネートされている。ブラッド・ピッドは主演男優賞にと
 夫婦でノミネートされている。 結果は23日に出る。大いに気になるな〜(笑)
 立て続けに2本、素晴らしい映画を見る事が出来て、幸せ!
 昨年に比べて2009年は、見たい映画が続々と出てきて、ちょっと困ってしまう。

映画資料より
 1928年、ロサンゼルス。シングルマザーのクリスティン・コリンズは 息子のウォルターと二人暮らし、休日に息子と映画に行く約束をしていたが、 職場で同僚が急な休みを取ったため、明日行くこと約束し職場へ向かった。  帰って来ると最愛の息子・ウォルターが姿が見当たらない、夜遅くまで 一人で探し、警察にも電話で捜査願いをしたが、何と、子供の行方不明は 24時間は捜査を行わないとのこと。  5か月後に警察からイリノイ州でウォルターが見つかったとの連絡を 受け、駅で再会した少年は似ていたが明らかにウォルターではなかった。  当時の警察は、汚職等の不祥事を抱えていたことと、少年の行方不明が 多く発生していたにもかかわらず成果がないため、警察幹部による捏造 であった。  クリスティンの訴えを警察には聞き入れられず、逆に医師を使い 彼女を不利な立場に追いやる。  彼女に救いの手を差し伸べたのは、警察の腐敗を告発している ブリーグレブ牧師でした。牧師の協力の基、警察の嘘を暴こうとして いる矢先に、捏造工作を行った警部に精神病院に隔離され、警察に とって不利な証言をしないよう仕向けれた。  その病院にはある番号を付けられ警察にとって不利益になる女性 達が強制入院させられていた。  クリスティンの息子に対する愛が、不屈の闘志を生み決して意志を 曲げなかった。  物語は並行して不法滞在の少年の証言から、20名にものぼる 少年達が惨殺された事件が判明した。少年の証言からウォルター が被害者の中に含まれていたこともわかった。  もっと警察が捜査を真剣に行っていれば、こんなに多くの犠牲者 が発生しなかったのではないのか。  怒りを覚えるのはクリスティンだけではない。 捏造・隠蔽工作をした警察幹部は弾劾され、犯人が絞首刑になった 5年後に殺害されたと思われた少年の一人が発見された。 彼はウォルターを含んだ3人で監禁場所から逃げ出して身を隠して いたとのこと。しかし、ウォルターの生死は不明。 クリスティンはウォルターが戻って来るとの『希望』を捨てずに その後の人生を生きた。しかし、ウォルターは・・・・・ 実話を基にしたとのこと、警察の腐敗した体質と残虐な殺人事件 に翻弄されながら力強く生きて行く女性を描いたC・イーストウッド 監督の演出・音楽が素晴らしい。

  2月12日(木)        宇都宮      最高気温14.3℃     
 アカデミー賞13部門にノミネートされている映画、ブラッド・ピッド主演の
 「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」を見てきた。
 2時間45分の長い映画なのに、あまりにも物語にのめり込んでいたせいか、
 え〜、もうそんな時間がたっていたのと驚く位、時間がたつのが早く感じた。
 80歳過ぎの肉体を持って生まれてきた赤ちゃんが老人介護施設の前に捨てられていた。
 長くは生きられないと知り、そこで働くクイニーが母親となって育てる事になる。
 しかし徐々に若返っていく運命のもとに生まれたきた男、ベンジャミン・バトン。
 5歳の時、肉体は年とっていても、気持ちは子供。 同じ年令の女の子と楽しく遊ぶ。
 その女性が80過ぎになって死ぬ間際、ベンジャミンの日記を娘に読んでもらう事に。。。
 時間の流れを止められず、誰とも違う数奇な人生を歩まなくてはならない彼は、
 愛する人との出会いと別れを経験し、人生の喜びや死の悲しみを知りながら、
 次第に若者となっていく。そしてついに赤ちゃんとなって。。。
 自分の子供より年下になってしまう父親なんて、いない方がましと考えるベンジャミン。
 最後の30分間は、切なくて涙が止まらなくなってしまった。
 こんなひきこまれるストーリーを書いた作者はすごい!
 アカデミー作品賞にノミネートされるのは、当然の事と思った。
 最有力候補の『スラムドッグ$ミリオネア』。今年の大本命と言われているらしい。
 そんな中、唯一の対抗馬といえるのは『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』。
 ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェットら豪華スターが出演し、スケールの大きな
 文芸大作というところがオスカーにぴったりとの意見もあるらしいが。。。

   映画資料より
 老人として生まれた子供が、成長するにつれ若返り、赤ん坊として死ぬ。
 そんなとんでもない主人公の設定はすでに映画を見る前から広く伝わっていると思う。
 だがこれはホラー映画ではないわけだから、そこから生まれるさまざまな人生の問題と
 物語を私たちは見ることになる。
 切ないのは、子供の戦死を嘆き悲しむ時計職人が逆回りする時計を
 作ってしまったという、映画の冒頭に収められたエピソードがあるからだ。
 誰もが後戻りできない現実を生きている。いくら時計が逆回転したところで、
 その職人は息子を取り戻すことができるわけではないし、誰も過去をやり直せない。
 もちろん、老人から生まれて子供になるという逆戻りの人生を歩んだとしても……。  
 人間は前向きに進むことしかできない。だから主人公たちの年齢の変化がCGで
 鮮明に処理されていくとき、そのリアルさとそれゆえの不自然さに心底ドキドキしてしまう。
 そこに映っているのは生身の人間(俳優)ではなく、後戻りできない人生を歩む私たちの
 愛と悲しみと痛みが作り出した私たちの姿そのものではないかと、
 そんなふうに思えてくるのである。つまりそれこそ人類の願いの結晶であり夢のかけら。
 それを見ることで私たちは、この人生の痛みをある愛おしさとともに受け入れるとが
 できるようになる。そう、それこそ私たちが「物語」を必要とする理由だろう。

  2月7日(土)        「マンマ・ミーア」
 ブロードウエーミュージカルを映画化した「マンマ・ミーア」を見てきた。
 私は今日から上映の「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」を見たかったのだが、
 主人の強い希望で今ヒット中の「マンマ・ミーア」になったのだ。
 スエーデンのミュージシャン「ABBA(アバ)」のヒット曲22曲にのせて
 エネルギッシュに歌って踊るメリル・ストリープ主演のミュージカル映画だ。
 メリル・ストリープの映画は「永遠に美しく」「 マディソン郡の橋」をテレビで見た事がある。
 演技力のある女優さんと云う印象だったが、今回は歌もダンスも披露している。 さすが〜〜
 ギリシャのエーゲ海に浮かぶ小さな島。
 細々とホテルを経営するドナ(メリル・ストリープ)は、女手ひとつで娘のソフィを育てた
 シングル・マザーだ。 娘は結婚式を控え、父親が誰だか知りたくなる。
 父親かもしれない3人に結婚式の招待状を送る所から映画はスタートする。
 母親との親子の絆を描く心温まるドラマだ。
 娘役のアマンダ・セーフライドは可憐な歌声とキュートな笑顔で可愛い〜〜♪
 20歳の娘の母親役にしては、年令がいき過ぎているのではと思えるメリル・ストリープ
 だが、さすが演技力でカバーしていた。 複雑な母親の心境の演技には、涙がホロリ。。。
 映画館の音響の良さで、ついつい調子を合わせてノリノリでリズムをとってしまう。
 テレビでは、この良さは伝わらないとミュージカル映画は、劇場で見なくちゃねと感じた。
 最後はハッピーエンドで、めでたし、めでたし! 主人も大満足だった事でしょう。(笑)
 ミュージカル映画史上、世界No.1興行収入記録更新中の『マンマ・ミーア!』。
 その勢いは日本にも直撃し、1月30日(金)より全国337館でオープニング3日間で
 4.36億円の好スタートをきった。
 この記録は日本におけるミュージカル映画最高興行収入記録を持つ『オペラ座の怪人』
 (42億円)の土日2日間対比で105.0%、オープニング3日間対比で109.7%となっている。
 初日の金曜日も約8,400万円超と好稼動していることからも『オペラ座の怪人』を抜くのでは
 と言われている。
   あらすじ(作品資料より)
「ダンシング・クイーン」「チキチータ」・・・ABBAの数々の名曲で綴られた、あの大ヒット・ミュージカルが待望の映画化! どんなことがあっても、笑っていよう。自分の人生がもっと好きになる。すべての女性に贈る、心温まる母と娘の<絆>・・・最高の笑顔としあわせをあなたに届けたい。 物語:物語の舞台は、ギリシャのエーゲ海に浮かぶ小さな島。小さなホテルを経営するドナ(メリル・ストリープ)は、 女手ひとつで娘のソフィ(アマンダ・セーフライド)を育てたシングル・マザーだ。 20歳のソフィは恋人スカイ(ドミニク・クーバー)との結婚を目前にしている。そんなソフィが夢見るのは、結婚式のヴァージン・ロードを父のエスコートで歩くこと。 父親が誰か知らされないまま育ったソフィは、母親ドナの日記を盗み読み、かつての恋人たちを結婚式に招待してしまう。 「本当のお父さんなら一目でわかるはず…!」招待状を受け取ったのは、建築家のサム(ピアース・ブロスナン)、銀行家のハリー(コリン・ファース)、冒険家のビル(ステラン・スカーユゴード)。 それぞれに、ニューヨークやロンドンから駆けつけた3人だが、いきなり昔の恋人たちと鉢合わせしたドナは驚き、困惑して追い返そうとする。 ソフィのとりなしで3人は島に滞在することになったものの、一人で育てた娘が、結婚式に父親の参列を望んでいると知ったドナは、落ち込んでしまう。 そんなドナを励ますのが、かつて「ドナ&ザ・ダイナモス」というヴォーカル・トリオを組んでいた旧友のロージー(ジュリー・ウォルターズ)とターニャ(クリスティン・バランスキー)だった。 サム、ハリー、ビルが、それぞれに自分こそソフィの父親だと思い込み、あやしい行動をとるなかで、結婚式の準備は着々と進む。 「ダンシング・クィーン」「マンマ・ミーア!」など、言わずと知れたABBAの大ヒットナンバー22曲で全編をつないだ、ジュークボックス・ミュージカル「マンマ・ミーア!」を、トム・ハンクス&リタ・ウィルソン夫妻と元ABBAのビヨルン&ベニーが製作に参加して映画化。 監督は、ミュージカル版で演出を手がけたフィリダ・ロイドが務め、傑作ミュージカルを見事にスクリーンに再現し、メリル・ストリープ、ピアース・ブロスナンをはじめ豪華キャストも、素晴らしい歌声を披露している。(作品資料より) <感想>ABBA(アバ)という名は知らなくても、この映画に登場する歌の多くは聞いたことがきっとあるはず。 何度でも観たくなっちゃう、幸福感あふれる舞台ミュージカルを、メリルーストリープやピアース・ブロスナンら豪華キャストで映画化したもの。 物語を紡ぐ軽やかなABBAのヒット曲に身をゆだねれば、幸せ色に包まれますよ! これは、ソフィの愛と成長の物語。さらには、ドナとサム、ハリーにビルの、ちょっぴり複雑でオトナの恋の物語。 そして、なによりも、母娘の強い絆と愛の物語なのでもある。加えて、ドナとロージーとターニャの友情も描かれている。 登場人物みんなが、愛と思いやりゆえに右往左往して、各々に愛と優しさに包まれてハッピーになるという、このうえなく温かく楽しい物語なのです。 タイトルの「マンマ・ミーア!」は、イタリア語で「あら、まあ!」と言った感嘆詞のこと。「あら、まあ!」と嬉しい驚きの中心は、もちろんドナを演じるメリル・ストリープ。メリルがおおいに歌って踊る、というだけでも、この映画は嬉しい。 元カレ3人との再会に驚く「マンマ・ミーア」や、ホテル経営の苦労を歌う「マネー・マネー・マネー」といった軽快な曲から、かつての愛の破局をドラマティックに語る「ザ・ウィナー」まで、弾んで抑えて自由自在。 柔らかな歌声は言うまでもなく、60歳になるとは、若いよ!・・・軽やかに踊る姿が、またキュートなメリル。 驚きといえば、ピアース・ブロスナンまで歌っているってこと。5代目ボンドが、ここではちょっぴりコミカルな面も見せてくれるのが嬉しい。その歌唱力は・・・って言えば、正直凄く上手いってわけじゃないけれども、味のある声が誠実なキャラを醸し出してぴったりなの。 独身主義の料理研究家ロージーを演じるジュリー・ウォルターズも、離婚太りの整形オタクターニャを演じるクリスティン・バランスキーの歌も達者なものだし、コリン・ファースやステラン・スカーユゴードは、素敵な歌声とキャラで勝負ってとこ。 ソフィ役のアマンダ・セーフライドも、スカイ役のドミニク・クーパーも熾烈なオーディションで選ばれただけに、みずみずしい演技と歌唱力を見せている。 最高の見せ場は、村中全部を巻き込んでしまう「ダンシング・クイーン」。落ち込んだドナを励まそうとロージーとターニャが歌いかけるとドナが応え、3人で村を歩くと、道々の人々がみんな一緒に歌って踊り出すというシーンは、観ている側まで一緒に踊りだしたくなりそうなくらいですね。 もう、素敵な見せ場を挙げていくとキリがないけれど、それらを照らして優しくドラマを紡いでいくのが、ABBAのヒット曲なのです。

  1月24日(土)      「レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで」
 「タイタニック」で恋人を演じたレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットが
 共演している映画「レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで」を見てきた。
 この映画は、美男美女カップルの楽しい映画ではない。
 1950年代の物語。ステキな家に住み、子供2人に恵まれ、一流企業に勤めて
 何不自由ない暮らしに見える夫婦だが、自分たちにとっては納得がいかない生活。
 破滅にむかっていく過程が描かれる。
 思った以上に暗く、考えさせっれる内容の映画で、見終わったあと辛い思いが残った。
 主演の2人の演技は凄みがあり、素人目に見ても素晴らしいと思った。
 すさまじい喧嘩シーンでは、口には出してはいけない相手をののしる言葉を、
 勢いにまかせて言い合う。 そして、その言葉にお互いに傷つく。
 この映画を見た主人は何が云いたいのか分からないと、あまり面白くなかったみたい。
 重苦しい内容で衝撃的な結末だったが、夫婦とは?と考えさせられた映画だった。
 次に見たい映画は2つ。
 アカデミー賞作品賞にノミネートされた「ベンジャミン・バトン 数奇な人生』と
 クリント・イーストウッド監督の「チェンジリング」 だ。
 ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー の夫婦が、それぞれに主演しているのだ。
 立て続けに2月7日と2月20日封切りだけど、行きたいな〜〜

   あらすじ(作品資料より)
1950年代、コネチカット州。フランク(レオナルド・ディカプリオ)とエイプリル(ケイト・ウィンスレット)のウィーラー夫妻は、ふたりのかわいい子供に恵まれた理想のカップル。 “レボリューショナリー・ロード”にある閑静な住宅街に住んでいるが、そこは郊外に夢を求める人々の新天地だった。  フランクは元陸軍兵で、いまはニューヨークの事務機会社ノックスの社員。エイプリルはかつて女優志願だった美しい女性。 あるパーティの会場で知り合ったふたりは、人生が素晴らしいものになると信じて結婚した。しかし、そんな新婚時代の夢も次第に色あせていった。エイプリルは地元のアマチュア劇団の舞台に立つが、芝居は最悪の出来で、その怒りを帰りの車の中で夫にぶつける。ふたりは激しい口論になり、心の中の不満を言葉にした。 ある時、フランクは会社でタイピストのモーリーン(ゾエ・カザン)を目にとめ、その初々しい若さに心を奪われる。彼女もフランクに好意を抱き、ふたりは食事に出かける。 「父も同じ会社でセールスマンをしていた。そんな風になりたくないと思っていたが、結局はこんな人生を送っている」。その日、彼は30才の誕生日を迎えた。アルコールの入ったふたりは、店を出て、モーリーンの部屋で甘美なひとときを過ごす……。  夜になってフランクが帰宅すると、出迎えたエイプリルはいつになくドレスアップをして、子供たちと笑顔で迎えた。家ではフランクの誕生日を祝う準備が整っていたのだ。やがて妻は彼に重大な決意を告げる。「みんなでパリで暮らしましょう」軍人時代、フランクはパリに駐在したことがあり、街に魅了された。その思いをかつて妻に語ったことがあり、彼女も、また、パリを夢の街と考えるようになっていたのだ。  パリでは自分が働くので、フランクは好きなように暮らせばいい、とエイプリルは言い出した。かつては自分を特別な人間と信じていたが、今では他のみんなと同じになっていく。そのことにエイプリルは耐えられなくなっていた。妻の強い言葉に、最初は動揺するフランクだったが、結局は一家でのヨーロッパ行きを決意する。出発は秋と決まった。  翌日、会社に出勤したフランクは、いつになく上機嫌だった。移住する決意を会社で話すと、同僚たちは冷やかすような視線を送った。 パリ行きの波紋は隣人たちにも広がった。フランクとエイプリルの隣に住むシェップ(デヴィッド・ハーバー)とミリー(キャスリン・ハーン)のキャンベル夫妻も、その決意に驚く。フランクは自由に暮らし、エイプリルが仕事を見つけて彼を支えるという雲をつかむような計画に、隣人夫婦は戸惑いを隠せない。しかし、フランクとエイプリルの気分は高揚、帰宅後はキッチンで激しく抱き合う、憧れのパリで失われたふたりの夢が取り戻せると信じながら…。  ある日、フランクとエイプリルに家を紹介した不動産屋のヘレン(キャシー・ベイツ)と夫のハワードが、息子のジョン(マイケル・シャノン)を連れて、夫妻の家を訪れた。 彼は精神を病み、病院に入っていたという。息子の将来を案じるヘレンは、彼の話し相手にフランクたちを選んだのだ。病院では電気ショックを受けたこともあるというジョンは、鋭い言葉をフランクとエイプリルに投げかける。そして、「人生のどうしようもない空しさを乗り越えたい」というフランクをどこか冷めた目で見ていた。  ふたりのパリの行きの準備は着々と進んでいたが、そんな時、ノックス社の取引先のバート(ジェイ・O・サンダース)からフランクの引き抜きの話が来る。 フランクの仕事に対する意欲に心を動かされ、コンピューターに関する新しいポストを彼に任せたいという。フランクはこの申し出に心を動かされながらも、移住の決意をバートに伝える。いよいよ、家も売りに出され、パリ行きの日が近づいていた。そんな時、妻が衝撃の告白をする。彼女は3人目の子供を身ごもっていたのだ。それを知って移住の決意がゆれ始めるフランク。出発を強行したいと考えるエイプリル。 ふたりが最終的に選んだ道とは……!?


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